“琵琶湖の湖西の森を抜けて、ふらっと迷い込んだ先に、素敵なお店をみつけたんだ”
ショップカードに書かれたその言葉通り、静かな森の中にたたずむ「和食器セレクトショップ flatto」。
訪れたのは雪が降った朝。着いた頃には雪がやみ、澄みきった青空が広がっていました。ご主 人の純一郎さんは「ここに来て、今日人生で初めて雪かきをしたんですよ」と言い、その横で奥さまの歩未さんが「私は長野育ちなのでこれくらいの雪は当たり前なんですけどね」と笑います。
大阪出身の純一郎さんと長野出身の歩未さんが結婚して京都に住み、器のオンラインショップを立ち上げ、滋賀の北比良に店舗を構えるまで。そして自然豊かな北比良での暮らしについて、たっぷりとお話いただきました。
一目惚れから始まった器のオンラインショップ
—— もともと器のオンラインショップを始めたきっかけは何だったんでしょうか?
歩未(敬称略):私たちは結婚して8年ほど京都に住んでいました。その頃、夫はウエディング業界のWEB部門で働いていたんです。
純一郎:それでお客様のWEBサイトの解析なんかをやっていると、「もうちょっとこうしたら伸びるだろうなぁ」ともったいなく思うことがよくあって。そのうち自分で試してみたくなり、ECサイトを立ち上げようと考えたのが最初ですね。
—— そのときに“器”を選ばれた理由はあるんですか?
純一郎:何を販売しようかいろいろ探していたところ、とっても素敵なティーカップに一目惚れしまして。僕はもともとアンティークが好きなので、こういうのを扱えたらいいなと。
歩未:調べてみたら、そのティーカップは木下和美さんという作家さんが作られたものだとわかりました。でも当時はまだSNSが今ほど浸透していなかったですし、木下さんのホームページもなく、手がかりとなる情報が何もなかったんです。
純一郎:でも僕はものすごく気に入ったので、なにとしてもお願いしたかった。
歩未:そういうときの彼の執念はすごい(笑)。そこでもうめちゃくちゃ探しまくって、京都のカフェのブログに「木下さんの器を使っている」というような内容の記事を見つけ、そのカフェに行って木下さんを紹介してもらえませんか、と繋いでもらったんです。
しかも木下さんにお会いしたら、ご主人も東一仁さんという陶芸作家さんで、最初にお二人の器を扱えることになりました。
純一郎:お二人とも当時から人気がありました。実はオンラインショップを始めた2013年頃って“和食器”というキーワードが出始めたくらい。北欧ブームから和食器に移ってきて、作家さんにファンがつくという現象が起きつつあったんです。
歩未:そう、それで私たちのオンラインショップも少しずつ認知されてきて。タイミングが良かったと思いますね。
作家さんの熱量を冷ますことなく届けたい
—— でも会社員を辞めて、オンラインショップを始めるのって勇気いりませんでした?
純一郎:妻にはよく反対されなかったな、って思います(笑)。
歩未:そのときはあまり深く考えず、やりたいなら「いいんちゃう」って。私も上の子が2歳でそろそろ仕事復帰しようというタイミングだったので、家で一緒に仕事できるなら子どもの面倒もみられるし、就職活動もしなくて楽でいいや、みたいな(笑)。
純一郎:彼女のそういう楽観的な発想にはすごく救われています。だけど立ち上げまでは必死でした。以前の会社に勤めながら、オンラインショップの準備を平行していたので。
歩未:当時は会社から帰ってオンラインショップのサイトを作ったり、休日に作家さん探しに出かけたり。1年くらいは休みもなかったんじゃない?!しかもオンラインショップを始めようかっていうときに2人目の妊娠がわかって。
—— いろいろ誕生するタイミングだったんですね。
純一郎:そうですね。2013年頭あたりからバタバタと準備を始めて、2014年7月29日にようやくオンラインの「和食器セレクトショップflatto」をオープンすることができました。
歩未:オープンして数ヶ月は貯金を切り崩しながらのギリギリの生活(笑)。そこから扱える作家さんも増えてきて、1年経って安定してきた感じですね。
純一郎:これは本当に作家さんたちのおかげです。
—— 作家さんのセレクトは何か基準があるんですか?
歩未:基本的には私たち二人がいいと思ったもの。陶器市や工房へ足を運んで、自分たちが「これいいな、ほしいな」と感じた作家さんにお願いしているんです。
純一郎:そうやって少しずつご縁のあった作家さんとお付き合いさせていただいて、現在は西日本の作家さんを中心に30名弱の方の器を扱っています。
歩未:作家さんのこだわりを伝えたいと思うから、お取り扱いをスタートする際には毎回取材 にも行かせてもらっています。作家さんの想いを100すべて伝えるのは無理でも、できるかぎり同じ熱量でお客さんに届けたい。
純一郎:お話を聞くと世界がすごく深くて、私たちもますます器の魅力にハマっているんですよ。
「ここしかない!」と見つけた最終地点
—— オンラインショップの立ち上げから実店舗をオープンされるまでは?
純一郎:まずオンラインショップをオープンしたときは京都で団地暮らしだったんです。そこが器の在庫などで手狭になってきて…
歩未:次に同じ学区内で、賃貸の店舗兼住宅に移りました。ここでは2階の1室をギャラリースペースにして予約制でお客さんに見てもらえるようにしたんです。
純一郎:でもギャラリーと言っても自宅の1室だし、ちゃんとしたおもてなしができなくて申し訳ないなって。
歩未:それに実際にお客さんが来てくださって、目の前で「わぁ素敵ですね!」って目をキラキラさせているのを見ると、やっぱりじっくり器を見てもらえるお店がほしいと思うようになりました。
純一郎:次が僕らの最終地になると思ったので、どこに住もうか、かなり悩みました。
歩未:イメージしたのは、子どもたちが外で自由に走り回って遊べるような自然豊かなところ。京都にいた頃も湖西の雰囲気が好きで、よく高島のあたりには来ていました。そんな時た またま作家さんとお話する機会があって、「どこかいいところ知っていますか?」と聞いたら 「比良」という地を教えてもらって。さらに別の作家さんから「かんじる比良」というイベントがあることも教えてもらい行ってみると、田舎だけど京都からバイパス一本で来られて、周りにオシャレなお店も点在している。「ここならお客さんにも来てもらいやすいんじゃないか な」と、店舗にできる中古物件を探し始めたんです。
純一郎:でも全然見つからなかった…。土地はあるけど、店舗用の物件というのがなくて。北比良で見つからないから、和歌山や淡路島、京都の丹波なんかも夜な夜なネットで調べたりして。
—— 今度は物件への執着が(笑)
純一郎:そうこうしているうちに子どもの小学校の申込期日が迫ってきて、「これはもう北比良に賃貸で住んでしまって、ゆっくり探さないといけないかも」と思っていたら、ここの物件情報をネットで見つけたんです。夜中の3時に「見つけたー!!」って奇声を上げそうになりました(笑)。それでもうすぐにメールして、見せてもらって、あとはトントン拍子に。
—— 物件との出会いもご縁ですよね。
純一郎:ほんとにそう思います。めちゃくちゃ探しまくったから、神様がご褒美をくれたんだって思いました。
歩未:ここは以前、ガーデン&エクステリアのデザイン工房とナポリピザのお店をされていたので、とっても素敵なお庭にピザ釡もあるんです。
パパの夢は、死ぬまでにカブトムシの雄をつかまえること
—— 実際こちらに住まれてみて、北比良での暮らしはいかがですか?
純一郎:すごくいいですよ。朝は鳥のなきごえで起きるような生活。ちょっと庭へ出たら、見たことのない野鳥を発見することもあります。
歩未:虫や植物も珍しいものがあるよね。そうだ!虫といえばほら!
純一郎:僕は子どものときから虫が好きだったんですけど、大阪の住宅街で育ったので、そこで捕れる虫といったらカマキリとかカナブンとか、どこにでもいる虫。それで「死ぬまでにカブトムシの雄を捕まえたい!」というのがずっと夢だったんです。家族と旅行に出かけても僕 だけ草むらばかり見つめていたり、小学校の臨海学校で別のクラスの男子がクワガタを捕まえたのをうらやましく眺めたり、学生時代のキャンプで夜中に街灯の下をウロウロしたり。もう何十年もずーっとカブトムシの雄を探し続けて、でも捕まえられなかった。そしたらここに初めて来たときにカブトムシの雄を捕まえたんです!子どもと周辺を散歩していたら紅葉の木にカブトムシの雄がとまっているのを見つけて、無我夢中で捕りました。
歩未:それを見た子どもが「パパ良かったね、夢が叶ったね」って(笑)。
純一郎:長年の夢がここで叶ってすごく嬉しくてパラダイスです。春は春で気持ちがいいし、夏は虫が捕れるし新緑もきれいだし、秋の紅葉も好きだし、冬も雪遊びが楽しい。
歩未:夏は琵琶湖で湖水浴もできるよね。初めて琵琶湖で泳いだとき、海みたいにベタベタしないし、木陰で涼めるし、めっちゃいいやん!って思いました。
純一郎:あ、それとアサギマダラ!アサギマダラって羽の模様が鮮やかで、長距離を移動する大型のチョウチョです。比良山がその経由地の一つになっているようで、10月頃にはちらほら見かけるんですよ。僕はこのアサギマダラも大好きで、見つけると興奮しますね。
歩未:子どもは『メアリと魔女の花』(日本のアニメーション映画)に出てくる不思議な花に似たものを学校帰りに見つけたといって、図鑑で調べてホームセンターで買ってきて植えました。こういう楽しみ方は、北比良に越してくるまではなかったことですね。
純一郎:ほんとに、ここはいろんなことができる可能性があります。子どもはいま絵を描くのが好きみたいで、僕もデザインの専門学校時代から絵を描いているので、一緒に楽しめたらいいなと思っています。庭の小さな小屋をいつか絵を描くアトリエにしたいんですよ。
器選びをじっくり悩んで楽しめるように
—— 実店舗は2018年春にオープンされて約3年経ちますが、今後はいかがですか?
純一郎:今は「器が好き」という方が、京都や滋賀だけでなく、神戸、奈良、福井など遠方から来てくださいます。なかには片道3時間かけて来られるお客さんも。
歩未:だから器だけ見て帰っていただくのは申し訳ないですし、コロナ禍まではお茶をお出しすることもありました。でも今はそれもできないんですよね。
純一郎:コロナ禍が落ち着いたら、ゆっくりお茶を飲んでいただけるスペースを作りたい。作家さんの器って一期一会なところがあって、皆さん悩まれますからね。私もゆっくりお茶を飲みながら悩んでほしいんです。
歩未:そのときには、滋賀の3大銘茶といわれる「朝宮茶」「土山茶」「政所茶」をお出ししたいなって。もちろんお茶を飲む器も選べるようにしたいと思っています。
純一郎:あとは子どもたちにも陶芸作品に親しんでもらえるように、オブジェ作品を使った劇場のようなスペースを作りたいと思っています。これは2021年秋頃に完成する予定です。
—— いいですね!これからの展開もますます楽しみです。
和食器セレクトショップflatto
住所: 滋賀県大津市北比良1043-62
電話: 077-576-3174
公式サイト: https://flatto.jp/