移住先で出会いをもたらしたのは「薪割り」だった。

  • 薪ストーブとともに暮らす
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新しい土地に引っ越してきたとき、地域でどうやって関係を築いていくのか。移住を考えている人にとって、ハードルが高く感じる要素のひとつかもしれません。

京都から木戸に引っ越してきた大道さん一家にとって、新しい土地で人とつながるきっかけになったのは、なんと「薪ストーブ」。薪を調達するために参加した「薪割りクラブ」の活動が、新しい出会いにつながっているといいます。

もともと木戸への引っ越しに反対だった大道さんが、この地域での出会いを楽しめるようになるまでに、どんなことがあったのでしょうか。大道さん夫婦にお話を聞きました。

初めて見に来た湖西エリアに一目惚れして、移住を決意

── お2人が滋賀に引っ越してきた経緯を教えてください。

大道:僕は名古屋出身で、大学進学に合わせて京都に行った後は、ずっと京都で仕事してきました。滋賀に引っ越してくる前は、家族で京都の太秦に住んでいたんです。当時は「滋賀に住もう」なんて考えたことがなかったですね。通過したことしかなかったですから。

妻:私は大阪出身で、琵琶湖に泳ぎに来たことはあったんですけど、でもやっぱり「住む場所」として考えたことはなかったです。

大道:子どもが小学生に上がるタイミングで、「次の住処を探しましょう」と2人で相談し始めて、 最初は大阪や京都で家を探していました。

そのころ、僕がたまたま仕事で湖西バイパスを見に行くことがあって。観光客の目線で「きれいなところやな」くらいに思って妻に話したら、妻が「見に行きたい」と言い始めたんです。

大道:それで週末に家族で見に行ったら、妻がもう「ここがいい」、子どもたちも「ここがいい」と(笑)。琵琶湖の近くが公園のようになっていて、それがよかったみたいなんですよね。

とりあえず不動産屋さんに相談したら、「木戸はないですよ」と言われました。木戸の土地が売りに 出るなんて、一度もみたことがないと。でも1週間後に不動産屋さんが慌てて連絡をくれて、「出ました、どうします?」って(笑)。次の休みに見に来たのが、この場所でした。

妻:いろいろ条件をつけると決められなくなるから、条件はひとつ、「子どもが小学校まで歩いていけること」だけに絞ったんです。ここは条件をクリアしているから、それならもうこの場所で決めましょう、という話になりました。

京都から湖西に引っ越したら、子育てのストレスがなくなった

△ 大道家の庭は、犬が走り回れるようにしている

── 急展開で引っ越し先を決められたようですが、木戸のどんなところに惹かれたのでしょうか。

妻:来てみてすぐに、雰囲気がいいなと感じたんです。京都は山に囲まれているけれど、ここは開けていて、開放感があるのがいいなって。電線がないし、家も少ない。私はもともと田舎に住みたくて庭がほしかったから、このエリアがぴったりだと思いました。

大道:僕は正直、嫌だったんです(笑)。大阪が好きだったので、妻が「ここがいい」と言ったときは「ここ!? まじで!?」って。でも彼女は子どものことを考えて「自然があるところがいい」と譲らなくて。それならもう、しゃあないねってことで僕が折れました(笑)。

── 実際に引っ越してみて、木戸での暮らしはいかがですか?

妻:もう全てが良かったです。ストレスがなくなりましたね。家も電線もごちゃごちゃしていないし、なにより子育てがしやすくて。

妻:京都にいたときはマンションに住んでいたので、子どもの声を注意されることもあって、気を遣っていたんです。車の交通量が多いから、子どもが交通事故に遭わないかどうかも心配でした。でもこっちでは、子どもの声も「にぎやかになって嬉しい」と言ってもらえるので、子どもがのびのびしていますね。

大道:家の場所を探すときに、「もう観光地はあかん」ということだけは一致していたんですよね。太秦は、春と秋の行楽シーズンには車が出せなくなってしまってストレスが大きかったので、木戸に来てからはそのストレスから解消されました。まあ、びわ湖バレイにテラスができてからは観光地になったんですけど(笑)。

妻:あとはこの地域で知られる「比良おろし」という冬の強風だけ、最初はびっくりしましたね。家ごと揺れるから、怖くて眠れなくて。でも今はもう、だいぶ慣れたかな。

── 地域のコミュニティには、すんなり馴染んでいけましたか?

妻:伝統的なお祭りが受け継がれているエリアなので、昔から続いてきたコミュニティにいきなり飛び込んでいくのは難しいですけれど、近所の方々がみなさんすごく良くしてくれます。子どものこともおおらかに見守ってくださって、ありがたいです。

大道:うちは煙突があるので、外から見ても薪ストーブがある家だって分かるんですよ。だからか、引っ越してきた当初から薪をいただけることも多くて。そこから知り合いが増えるのは、ありがたかったですね。

人との出会いを運んでくれたのは、「薪ストーブ」だった

── 大道さんは、白汀苑の今井さんたちと「薪割りクラブ」の活動をされていると聞きました。

大道:そうなんです。2012年くらいに里山再生のイベントに参加したときに、今井さんと出会ったことがきっかけです。

あるときここの地主さんに「薪がいるなら、うちの山の木も使っていいで」と声をかけてくれたんですけど、ひとりで山に入っても何もできないから、今井さんに相談したんです。「もしできるんやったら、一緒に薪割りできませんか」と電話したら快諾してくれて、すぐに活動が始まりました。

── 薪割りクラブは、普段どのように活動されているのでしょうか?

大道:僕らは5人で、毎週日曜日の朝8時からお昼まで活動しています。10月からスタートしてゴールデンウィークまでに終わるので、期間はちょうど半年くらいですね。

△ 薪割りクラブの活動をする大道さん(右)

大道:スタンスとしては、みんなで一緒に楽しくやっています。それでも、体力的にしんどくなるときもありますけどね(笑)。厳格な「活動」というよりも、ひとりだとできないことだから、みんなで協力している。それくらいの気持ちだから、続けられるんでしょうね。

── もともと大阪の都会に住みたかった大道さんが、木戸に引っ越してきて毎週薪割りをするようになって、なにか変化はありましたか?

大道:僕はもともとインドアな人間なんですけど、この薪ストーブがあるから外に出る必要が出てきて、これをきっかけに人に出会えるようになりました。

京都にいたころは地域でぜんぜん知り合いができなかったので、たまたま入れてみた薪ストーブが、人と出会うきっかけを運んできてくれたのだと思っています。人との縁って、おもしろいですね。

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  • 文 :
  • 菊池 百合子
  • 写真 : 山崎純敬
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