コロナ禍によって注目が集まった、家庭菜園。日常の行動が制限されるなかで、土に触れる喜びや癒しを見出した人が多かったようです。
そんな農業のおもしろさを伝え、農業をきっかけにした場づくりを仕掛けている若手農家がいます。比良を中心に湖西エリアで農業を始めた、「ひら自然菜園」の加地玄太(かじげんた)さんです。
就農2年目の加地さんは、自分らしい農業の方法を探すべく奮闘する傍ら、シェアファームの指導をしたり地域のマルシェを主催したりしています。
もともとは「滋賀を離れたかった」という加地さんは、どうして農業を軸に地域でさまざまなチャレンジをしているのでしょうか。加地さんの畑におじゃましてお話を聞きました。
農業の道に進むのは難しいだろうな、と思っていた学生時代
── 加地さんの出身は滋賀県なんですか?
親が転勤族で、関西を転々としていました。京都や姫路で長く過ごしていたと聞いています。そして小学1年生のとき、湖西に移住してきました。さまざまな土地を見るなかで、親がこの土地に惹かれたんでしょうね。両親は今も湖西エリアに住んでいます。
でも当時の僕はあまり田舎が好きじゃなくて、高校生くらいまでは「都会に住みたい」と思っていました(笑)。知らない場所に住んでみたかったので、「どこでも良いから滋賀を出よう」と決めて、神奈川県の大学に進学したんです。
── 大学ではどんなことを学んだのでしょうか。
滋賀にいたころから自然が好きだったので、大学の学部を農学系にしたんです。自然や環境問題、生物に興味があり、大学院も含めて6年間勉強を続けましたね。特に大学院では、国内外の農村が好きだったので、農村の景色を維持していくための研究をしていました。
── 当時から農業に興味を持っていたんですね。
そうですね。大学時代のアルバイトでずっと農業に関わっていたので、親しみがありましたし好きでした。でも農業を知れば知るほど、「食べていけないだろうな」というあきらめがあって。農村のまちづくりに関わりたい気持ちはあったのですが、自分が農業で食べていくのは難しいだろうなと思っていましたね。
一生に一度の決断によって、湖西エリアを選んだ理由
── 大学院を卒業した後は、農業から離れたのでしょうか。
そうですね。農業土木の設計に興味を持ち、東京で就職しました。今はよく「農業とジャンルが近いところにいたんだね」と言われるのですが、僕としてはまだ「農業をやろう」という気持ちになれていなくて。農業を通じて自分がどんなことができるのか分からなかったので、まだ農業の道に進めないなと思っていたんです。
── 「まだ進めない」と思っていた農業の道に進んだのは、どんなきっかけがあったんですか?
当時読んでいた本との出合いがあったことです。休みの日に農業に関する本を読み漁っていたら、ある書籍によって「農業は野菜をつくるだけじゃなくて、他の業界とつながることもできるんだ」と知れて、一気に興味を持ちました。それで「農業をやってみよう」と退職を決めたんです。
「農業の道に進む」と伝えたら上司からは否定的なことを言われましたが、身体を壊してしまうくらいなら、好きなことで生きていこうと決断できましたね。
── 農業の道を志すことにして、どうして滋賀に戻ってくることを選んだのでしょう?
当時の僕にとって、就農することと移住することはセットだったので、一生に一度の決断だったんです。骨を埋める覚悟を決められる場所はどこなのかを考えたら、自ずと滋賀に行き当たりました。
自分が生まれ育った場所というだけでなく、滋賀の湖西エリアは土地としてもおもしろいんじゃないかなと思ったんです。国内のいろいろな場所を見てきましたけれど、水辺と山がこの距離にある土地って、国内を見渡してもあまりないと思います。
この景色とアクセス条件がかけ合わされた土地におもしろさや魅力を感じましたし、こういう土地はいろいろな人を惹きつけるんじゃないかなと可能性を感じたんです。人が集まってくれば、農業をベースにさまざまなチャレンジをできるかもしれないですからね。ひとことで言えば、土地に惚れました。
── 農家として独立するまでには、どんなステップがあるんでしょうか。
僕は3年間、東近江市で農業研修を受けました。有機農業をしている農家さんのところにお世話になって、3年目にはこの土地を借りたんです。やっぱり自分の畑は特別な存在なので、それから責任感が一気に変わったように思います。わくわくした気持ちを抱えながら、平日は東近江で研修を受けて、土日はこちらに来て農業の準備をしていました。
農業を軸に、人が立ち寄れる場づくりを目指したい
── 独立して2年目とのことでしたが、実際に農業を始めてみてどんなことを感じていますか?
まずは、自分が惚れた土地で仕事をできて最高だなと思います。農業の面でいえば、滋賀県は全体的に田んぼに向いている土地なので、畑作をしている僕にとっては難しさもありますが、その土地に合わせたつくり方を見つけるために試行錯誤しています。
ありがたいことに個人のお客様から「野菜を買いたい」とお声をいただくことが増えてきたので、個人のご家庭と契約して決まった量の野菜をお届けする定期便も始めました。いちばんおいしい状態の野菜を直接届けられますし、お客様と顔が見える関係を築けるのは楽しいですね。
── 農業だけでなく他の業界にも関わりたいとおっしゃっていましたが、その目標は湖西で実現できているのでしょうか。
はい。蓬莱駅の近くで「HOURAI SHARE FARM」という家庭菜園のトレーナーをさせてもらっているのと、月に1回「Hourai Marche(ほうらいマルシェ)」の主催をしています。もともとここに来た理由が、人がつながれるような場所や機会をつくりたいと思ったことだったので、どちらも地域団体シガーシガと連携して実現できたのは嬉しいことですね。
△ マルシェの店頭に立ってお客さんと会話する加地さん
── どうして、そのような人と人がつながれる場をつくりたいと思ったのですか?
人と人がつながれる場所が、小さくてもたくさん存在する地域のほうが幸せだな、と考えているからです。拠り所になる場所を複数持てたら、生きていきやすい地域になるんじゃないかなと思います。
だからシェアファームやマルシェの場を続けていき、集まってくれる方にとってその場に参加することが日常になったら嬉しいですね。マルシェは回を重ねるにつれてリピーターの方が増えてきて、場づくりへの手応えを感じています。当たり前のようにふらっと足を運んで、そこにいられる時間を有意義に感じてもらえるような空間にしたいです。
△ 加地さんが主催する「Hourai Marche」の様子。会場は「HOURAI SHARE FARM」のある蓬莱の家
農業って野菜をつくるだけでなくて、人が集まることでもっと大きな価値を提供できると思います。そのために生産者と消費者の距離を近づける試みをしたり、畑でしか得られない体験をしたりして、野菜づくりのおもしろさを伝えていきたいです。
ひら自然菜園
住所: 滋賀県大津市比良
公式サイト: https://www.facebook.com/hira.organic.farm
Hourai Marche(月1回開催)
滋賀県大津市南船路 蓬莱の家
公式サイト: https://www.facebook.com/events/851862678970975