「自分の手で、自分の家をつくってみたい」
人生で一度くらい、そんなふうに思ったことがある人もいるかもしれません。壮大ともいえるその夢を、知人の一言から実現してしまったご夫婦がいます。セルフビルドをきっかけに大阪から北比良へ移住された小林さんです。
小林さん一家を訪ねたのは、ちょうどお昼時。奥さんの直子さんが「うどんを作っているので一緒にどうですか」と言ってくださり、お言葉に甘えることに。みんなでうどんを食べてお腹いっぱいになった後は、健司さんが自家焙煎したコーヒーをいただきながらまったり。
外は雪がうっすらと積もるくらい寒いのに、家の中は薪ストーブと大きな窓から入る自然光でぽかぽか。初めてお邪魔したとは思えないくらいリラックスした雰囲気のなか、インタビューもゆっくりと始まりました。
いろんな人が自由に集まって使える家にしよう
—— 小林さんのお家は、自分たちでつくられたと聞きました。
健司:そうなんです。セルフビルドで家を建てることが、この場所に来た理由でもあります。私の知り合いで、30年ほど前この近くにログハウスをセルフビルドで建てられた方がいるんです。「その向かい側にもまたログハウスを建てるから遊びに来ないか」と誘われて、なっちゃん(妻の直子さん)と一緒に家づくりを手伝いに行ったら、すごく楽しかったんですよ。
直子:私は鹿児島出身で、けんちゃん(夫の健司さん)と知り合ってから大阪に3年くらい住んでいたんですけど、やっぱり田舎が好き。都会では暮らしていけないと思っていたときに北比良で家づくりを手伝うことになって、すごく落ち着く場所だなと気に入りました。
健司:そうしたら、その知り合いの方が「このへんに君たちの家を建てるなら全面的に協力するで」と言ってくれたので、じゃあ僕たちも建てようと。
直子:単純に面白そうだなっていうので決めちゃった(笑)。ログハウスも縁がなかったし、自分たちで家を建てられるなんて思ってもみなかったんですけどね。
健司:土地もすぐ見つけて買ったんです。大阪でまだやりたいことがあったので2年ほどそのまま置いておいて。
—— その間、家を建てたらこんな暮らしがしたいというイメージはあったんですか?
直子:もともと私たちはエンカウンターグループの場で出会い、人が集まって話を聴きあうという勉強をしていました。だから二人に共通しているのは、人と関わりながら暮らせたらいいなっていうこと。自分たちの生活はできるだけコンパクトにして、オープンな空間にいろんな 人が気軽に集まって、語ったり、食事を作ったり、好き勝手してくれるような。台所も人が来たときに入りやすいように、わざわざ1mくらい切ったんです。
健司:自分たち家族だけならもっと小さなスモールハウスでよかったんですけど、人を呼んで、子どもも遊べるようにと、これくらいの空間になりました。2階は寝室で秘密基地みたいなスペースになっています。
まさかの台風直撃!暮らしを一からつくる大変さ
—— つくる期間はどれくらい?
直子:間取りなどの設計は前段階として、作業自体は3~4ヶ月です。基礎工事から毎日自分たちでやりました。
—— でも家をつくるのって初めてですよね。苦労はありましたか?
健司:すべての工程が大変でした。苦労を一番象徴するのは屋根ですね。屋根をつくるにはまず梁に骨組みとなる垂木を30~40cm間隔で取り付けます。その上に下地となる野地板を張り、防水シートのルーフィングを敷いて、最後に仕上げ材を施すという工程があるんです。ところが建築中の2016年は台風が何度も直撃した年。ちょうど屋根の作業をしている時期に台風が当たってしまって、ルーフィングまで張ったのに台風で飛ばされて、「え~!!」なんて 言いながらまたイチからやり直したら、2回目の台風直撃。さすがに2回目は心が折れそうになりました。目の前でベリベリベリって剥がれるのを見ましたから。
直子:もともとこのあたりは比良山系から吹き下ろす比良おろしの風がすごいですよね。来てすぐに比良の洗礼を受けたと思いました。
健司:もう散々でしたね。でも東京から来た友人に話を聞いてもらったりして、なんとか気持ちを立て直しました。
—— 建築中の数ヶ月、お仕事はどうされていたんですか?
健司:私は大阪で教育関係のNPOに勤めた後、自営で学校への職業紹介ワークショップや教員向けのキャリア教育などを行っていたんですが、こちらに来る前にほぼ引き払いました。
—— えっ!それは不安じゃなかったんですか?
直子:とりあえず「家を建てるぞ!」っていう勢いで来て。今振り返ると、けっこう無謀だったなと思いますけど(笑)。
健司:本当はこっちに移住して家を建てて、読む・書く・音読などのワークショップを開きたいと思っていたんです。でも移住してすぐに子どもが生まれたので、ドタバタしてそれどころじゃなかった。そこでまずは暮らしの基盤を整えようと、近隣のホテルで働き始めました。その後は、セルフビルドの経験から“木を切り出す”ところにも興味を持って、林業の仕事に就い ています。
移住から4年経ち、ようやく暮らしの基盤が整ってきた
—— 健司さんは『言語』という雑誌も発刊されていますよね。
健司:はい、2016年から7冊ほど出しています。自分で考えて、自分で文章を書く。しかも2万字。形式は自由なんですけど、長い文章はちゃんと自分の考え方を深めていかないと書けないので、言語化することでぼんやりしていた思いが見えてくる。すごくいい体験になっていますね。
直子:私は今、月に1度子どもたちが集まるイベントを企画していて、そのなかでけんちゃんが絵本を音読することもあります。
健司:音読って誰にでも手軽にできる表現のひとつだから、もっとみんな楽しめるようにしたい。乳幼児向けの読みきかせだけでなく、大人向けの音読講座や、依頼されたデータの音源化などもやっていて、今後は林業との2軸で力を入れていきたいなと思っているんです。
直子:ようやく、「この家でワークショップを開きたい」とか「いろんな人に来てもらいたい」という思いがカタチになって動き出したところですね。
健司:移住してすぐの頃はイベントをやろうとしても、0歳児の息子がいるからなかなか難しかった。ほんとにここに移ってきてよかったのかなと思うこともあったんですよ。
—— 子どもがいると生活ってすごく変わりますよね。
健司:ほんとそうです。しかも僕らは移住して家を建てて、子どももできたので、ガツンと変わった。“生まれ直し”というくらいに。
直子:最初はここでの知り合いもほとんどいない状態からで、最近ようやく周りの人との交流もできて暮らしの基盤が整ってきたなという感じがします。
日常のなかの小さな冒険が楽しい
—— 現在の北比良での暮らしはいかがですか?
健司:今までは暮らしを楽しむ余裕がなかったんですけど、今は毎日楽しいです。去年の夏は初めて子どもと一緒にSUPを体験しました。これがすごく面白くて、今年は絶対SUPのボードを買う気でいます。
直子:私が企画しているイベントでは琵琶湖で小鮎取りをしたり、北比良周辺の森を散歩したり。大阪から参加してくれる方たちが「静かでいいね、癒やされる」って言ってくれます。鹿児島にいたときも子ども向けの環境学習や自然体験をしていたので、ここに来てまたそういう 活動ができるのは嬉しいですね。
健司:北比良で暮らしていると、夏は琵琶湖で泳ぎ、冬は薪を焚いたり雪遊びしたり、そのときにしかできないことを楽しんで時間が過ぎていく。振り返ると比良山があって、少し行けば 琵琶湖がある。そういう季節の移り変わりを感じながら、自分たちで暮らしをつくっていく生き方がしたかったんだなって、最近気づきました。そのぶん自然の厳しさもありますけどね。移住した年は大雪で、玄関のドアが開かなくなるなんてこともありました(笑)。でもそのコントラストを楽しみながら、僕ら生きてるよねってようやく笑い合えるようになったんです。
直子さんの活動はこちら
「ころがるりすの森」
Webサイト: https://note.com/risumori
健司さんの活動はこちら
小林健司(雑誌「言語」)
Webサイト: https://gengoweb.jimdofree.com/