セルフビルドの小屋を建て、二拠点生活。湖西的”森の生活”のはじめ方

  • 石黒一寿さん

瀟洒な家々が並ぶ、蓬莱山のふもとの別荘地。ある日、ひとりのお兄さんが近くの森にやってきて、自作のテントでキャンプをはじめたそうな。やがて、トントンカンカン……自力で木を切って、小屋も作り上げてしまったとか。ここには電気も水道もないけれど、お兄さんはいつも飄々としていて、楽しそう。一体どうして?

—— 巷で聞いた、おとぎ話のようなうわさの主人公は石黒一寿さん。その姿は、19世紀アメリカの思想家・詩人ソローにも重なるよう。自ら森に小屋を建てて暮らしたソローは、自著『森の生活』を通して、自然や人間、孤独について豊かな洞察を残した人物。果たして彼は、ソローの再来か? はたまたアウトドア好きの冒険者、それとも現代社会に警鐘を鳴らす活動家?

あるピースフルな冬の朝、石黒さんを訪ね、いろんな話を聞かせてもらいました。

はじまりは、祖父が残した土地で試した”ソロキャンプ”

ー はじめまして。早速ですが、ここに住んでいらっしゃるのですか?

今は勤務先と自宅が京都にあるので、世にいう「デュアルライフ(二拠点生活)」が近い表現でしょうか。シンプルに言えば、秘密基地(笑)。休みの日、時間があるときにバイクでここへ通って過ごしています。最初は、ここで時々キャンプをしていたのですが、進化して基地となり、一時期はここを住居にしていました。

— なぜ別荘地でキャンプを? ここはどなたかの所有地ですよね。

実はここは、祖父が生前に購入していた土地なのです。別荘を建てるつもりだったのか、投資用だったのかは分かりませんが、ありがたく使わせてもらっています。通いはじめたのは2018年、大きな自然災害が集中した年でした。関西を直撃した台風21号に、広島・岡山を中心に全国で甚大な被害をもたらした集中豪雨……厳しい災害を目の当たりにし、果たして自分が被災したときに生き抜く力があるだろうか?と自問自答したのです。それで、キャンプに通って「生きる力」をつけたいと思ったのです。

ー サバイバル力の養成! それで、この土地を思い出したんですね。

いえ、僕はまったく知らなくて。たまたま、実家に届いていたこの土地に関する通知を見つけたんです。京都からバイクで通える距離感がいいなあと思いました。それで早速、キャンプに訪れたんです。自分で木を切って足場を組み、ブルーシートをかけた高床式の寝床をこしらえて寝ました。火を起こして料理もして……。何度か繰り返すうち、これは楽しいぞと。周りに自然がいっぱいあって、朝日と鳥のさえずりの音で目を覚ます。心がなんだか落ち着くし、「住み続けたいな」と思ったのです。

ー キャンプから定住へ。狩猟民から稲作に移った先人のような展開……!

定住したいと思ったものの、自作の寝床では疲れが全然とれない……(涙)。それで、雑誌のDIYマニュアルに忠実に、自分で小屋を建て始めました。

— 予算や施工期間はどれくらいでしたか?

材料費は25万円程度。仕事の休みを利用しながらコツコツと、半年ほどかけて建てました。中は3畳ほどのワンルーム+ロフト。狭いですが、僕の自慢の城です。

いざ、お宅探訪! エコ&サステナブルな機能もたくさん

△ 100坪以上の敷地は無人島のようでもあり、さながら”あつ森”のリアル版? ブルーシートがかかっているのが、初期に 寝泊まりしていた高床式寝床。現在は倉庫として活用中。

ー 小屋が周囲の自然と一体化していますね。部屋が小さくても、無限の広がりを感じそうです。利休の茶室の発想にも近いかも……。

狭さはまったく気になりませんね。リビングやキッチンが屋外にある、という感覚でしょうか。

ー 家づくりで一番苦労した点、お気に入りの部分を教えてください。

屋根づくりがとにかく大変でした。高さも勾配もあるし、「アスファルトシングル」という材質を見栄 えよく貼るのが難しくて。逆に、屋根以外はサクサクと進みました。お気に入りは、玄関ドアの把手。敷地内にあった枝で仕立てた自信作です。

ー 電気や水など、ライフラインはどうされているのですか?

電気は小さなソーラーパネルで自家発電。携帯電話の充電と室内の照明にしか使わないので、十分賄えますよ。携帯のワンセグでテレビも見れますしね。冷房はなく、冬は薪ストーブで暖をとっていま す。飲み水は、比良駅前の食堂「一休」さんの地下水をいただいています。

ー とてもエコな生活ですね。料理やお風呂はどうでしょう?

夏は屋外で七輪、ガソリンストーブ(コンロ)を使っていますが、冬は室内でカセットコンロを使用しています。お風呂はないので、「比良とぴあ」という5km先の天然温泉へ。それに、ダッシュで坂を下れば5分で琵琶湖。夏は朝日を浴びながらの行水です! 以前は泳げなかったのですが、クロールができるようになりました。僕の趣味のひとつがマラソンなのですが、トライアスロンに出る夢が広がりました!

ー 家の裏手にある、白いテントも気になります。

これは、縄文人に習って自作した「竪穴住居」です。”夏は涼しく、冬は暖かい”といわれていますが、隙間風が入るので寒かった……(笑)。今は食料保存庫にしています。

△ 石黒さん愛用の、寝床や小屋づくりのマニュアル本。分かりやすく、おすすめだそう。

人生に本当に大切なことを、この小屋が教えてくれた

— ところで、普段はどんなお仕事をされているのでしょうか?

実家が、京都・伏見で4代続く食料品店を営んでいて、その手伝いをしています。実は今、小屋造りで身につけた技を活かして古民家を改装し、おむすび工房を作る準備を進めています。

ー 石黒さん流の、この地域の楽しみ方を教えてください。

昨年はコロナ禍であまり人と会えなかったので、比良山によく登りました。近所には初心者向けの登り口があって、比良駅の方には「イン谷口」という人気の登り口も。和邇から北小松まで、比良山系の縦走コースを踏破したこともあります。7時間かけて27km歩いたのですが、景色が素晴らしかったですね。

ー 敷地内でも、いろいろできそうですよね。

実は最近、木登りにハマっていて……。登ってみましょうか。(するするする……) おーい!

ー かなり高いですね。この森で子ども向けワークショップをしたら面白そう……! この家はまだ進化していくのですか?

家の周りは、ちょこちょこ手を入れています。最近は玄関にウッドデッキを作ったり、友人を招けるよう、屋外にベンチや囲炉裏も作りました。今年は、ツリーハウスを作るのが目標です。

ー この生活をはじめて、良かったと思うことを教えてください。

まずは、生活にするのに最低限必要なものが分かりました。それは、”床と壁と屋根”。どんなに小さくてもこれがあれば風雨をしのぎ、安心して生きていける——。当たり前かもしれないけれど、自分にとっては身を持って発見した根源的な答えでしたね。それから、現代は情報過多になっているなあとも感じました。ここにいると、暗くなったらぐっすり寝て、朝日が上れば起きる生活。睡眠不足になる こともないし、薪を割る、水を汲むなど、生活に必要な仕事もあって、1日のリズムが自然と出来上がる。あまりたくさんの情報に振り回されることがなくなりました。

ー 悩みはありますか?

敷地に木が多いので、日が当たりにくく家庭菜園ができないことでしょうか。一度だけ、テント生活時代に不審者と間違われ、警察に通報されたときはへこみました(笑)。

ー 石黒さんの屈託のない笑顔を見れば、日々充実されているのが分かります。

ストレスは減りましたよね。格差社会が進む現代ですが、「たくさんお金があるよりも、夢がある方がいい」と思うようにもなりました。キャンプの延長で気ままに始めた生活ですが、湖西の環境は、自分の価値観にもいい影響を与えてくれているのだなあと思います。

△ 小屋暮らしの友は、ワイン。「冷蔵庫がないので、常温で飲めるワインが便利」(石黒さん)。

小屋暮らしの手帳

Webサイト(小屋暮らしの手帳(石黒さんのブログ)) : ​https://koyaing.com/