働く+遊ぶ+暮らす+α=生きる場

  • 生きる場プロジェクト
  • 仲隆介さん・西濱萌根さん

仕事といえば、会社に就職すること。1日8時間以上、時にはプライベートを犠牲にしてでも働くのが美徳とされた時代もあった。でも昨今、その価値観はどんどん変化して、コロナ禍でさらに多様化したように見える。テレワークやサテライトオフィス、シェアオフィスにコワーキングスペース。もはや会社に行ってデスクに向かうだけが仕事ではない、どこでだって仕事はできるという意識が広がってきているのではないでしょうか。

そんな時に飛び込んできた、ある小さなワークプレイスがオープンしたというニュース。

鳥のさえずり、木々が揺れる音、浜からの爽やかな風、そして目の前には琵琶湖のブルー。まさにリゾート地!な近江舞子の一角にこの春誕生した「生きる場」。これは京都工芸繊維大学教授の仲隆介先生や、京都のホステルを運営する西濱萌根さんが学生たちと一緒に進める、働く場の可能性を広げるための社会実験プロジェクト。

ここでこれから何が始まろうとしているのか。単なるシェアオフィスとも、いま流行のワーケーションとも違う、新しい試みについて聞いてきました。

これからのキーワードは「幸せに働く」

—–– 「生きる場プロジェクト」は仲先生が発起人とお聞きしました。立ち上げるきっかけは何だったんですか?

仲:私は建築デザインを専門として、40年近く “働く環境” について研究してきました。以前は「オフィス」、最近は「ワークプレイス」と言いますよね。昔のオフィスはただ机とイスが並んでいればよくて、デザインする空間ではありませんでした。例えば高度成長期にはテレビを作るとか、車を作るというふうに作るモノが決まっていて、机の前にいる時間と生産性が比例していたからそれで良かったんです。ところがだんだん知恵を絞るような仕事にシフトしてきて、机の前にいる時間と生産性が比例しなくなってきた。そこでここ20年くらい、生産性がより高まるオフィスが求められるようになってきたんです。

そんななか私は働き方そのものを変えようというコンサルティングを始め、企業や自治体のオフィスづくりを手がけるようになりました。より良い環境をつくるためにはどう働くのがいいのか現状を分析し、問題を発見した上で働き方をデザインし、働き方に沿ったオフィス空間を形づくっていく。そういった活動を経て、定年間近になった今、私の考える“最良の働く場”を創りたいと思ったのが「生きる場」の出発点です。

△いきいきとインタビューに答える仲隆介さん

—–– オフィス空間が変わってきたのは、私も企業の取材をしていて実感するところです。近年は国も働き方改革を進めていますね。

仲:経済が停滞し、本当に厳しい状況ですからね。日本のオフィスの生産性って先進諸国のなかでも低いと言われているんですよ。私は今までオフィスや働き方を考えてきた経験から、2つの課題があると思っています。

まず1つは、働く人の意識そのものが変化してきたこと。昔のようにがむしゃらに仕事をすることに疑問を感じ、もっと人間らしく楽しくやりがいを持って働きたいという人が増えてきました。それは当然と言える願望だけど、まだまだ実現できていません。2つめは、企業側としては新たな価値を生み出すようなイノベーションを起こしたいということ。日本は先進国でお金持ちの国だと思っていたのに、気づけば世界と戦えない現実にぶつかっています。

私はこの2つを解決できる方法を考えたいと思っています。キーワードは「幸せに働く」こと。実は幸せな人ほど生産性が高いという研究があるんです。カリフォルニア州立大学の研究で、幸せな社員の労働生産性は不幸せな社員の労働生産性より1.3倍、創造性については3倍も高いということがわかっています。

仲:またGoogleは労働改革プロジェクトの調査のなかで「生産性の高いチームほど誰もが言いたいことを言える雰囲気である」という結果を導いています。つまり、「こんなくだらないアイデアを提案してバカにされないだろうか」とか「上司から叱られないだろうか」なんていうことを気にせず、なんでも言い合えるチームがプロジェクトを成功させていることがわかったんです。

組織のカタチに縛るのではなく、みんなが安心して発言できる環境をつくるためには、まず一人ひとりが幸せでないといけない。個々が仕事を楽しみ、幸せに働くことができたら、そこから自然とイノベーションも生まれる、というのが私の仮説です。

萌根:私も仲先生のこの考えに賛同して、一緒にプロジェクトの立ち上げから参加しました。私は姉とNINIROOMというリノベーションホステルを運営しているのですが、それ以前は大手企業に勤め、東京でPR企画の仕事をしていました。働き方としては、朝から晩までめっちゃ働くみたいな感じ(笑)。姉も外資系の建築事務所でブラックな働き方をしていました。でもそんなにあくせく働くことが幸せではないし、好きな人と好きな場所で働きたいと思って起業したので、「幸せに働く」というキーワードにはとても共感するんです。

仲:今は会社のルールで働かされるじゃないですか。9時に出社して5時までは会社にいないといけないとか。でも幸せを感じるために大切なのは、自分で働き方をデザインすることなんです。

△仲さんの隣でインタビューに答える西濱萌根さん

いろんなコトと、いろんな人が混ざり合う場所に

—–– では、幸せに働く拠点の一つとして、「生きる場」があるということですか?

仲:そうですね。「生きる場」は今までのオフィスとしての機能だけでなく、暮らしや遊びといったものをシームレスに行き来できる場所にしたいと思っています。働くときに、ちょっと遊びを挟んでみたり、ちょっと家事や育児をやったり、仕事以外のコトと混ぜることで生産性が上がるのではないかという実験です。先ほど言った2つの課題である「人間らしく生きたい」と「イノベーションを起こしたい」は、実は近いところにあるんじゃないかと。人間らしくいろんなことをやっていると、新しいアイデアが出る。今までのオフィスでは仕事・遊び・暮らしを混ぜようがなかったけれど、混ぜやすい場所があれば、一人ひとりにとっていい混ぜ方をしてくれるのではと期待しています。

「イノベーションとは新結合だ」とも言われますよね。何もない0から生まれるのではなく、いろんなアイデアが違うカタチで新結合するとイノベーションにつながる。いろんなアイデアを組み合わせるためには、いろんな人と関わったほうがいい。だから私は、この「生きる場」が出会いの場所になってほしい。年齢も性別も職業も住んでいる場所も異なる人たちが出会うことで、新しい発見があると思うんです。

—–– 仲先生の「混ぜる」という表現は、生きる場プロジェクトのサイトにあった説明と図がとてもわかりやすかったです。

△「生きる場」構想イメージ図 https://ikiruba-project.studio.site/about より参照

萌根:これは仲先生の想いを多くの人に伝えられるように、言語化・ビジュアル化したものです。プロジェクトの最初の取り組みはこのサイトづくりと場所探しでした。

—–– 湖西ってこういう仕事と遊びと暮らしの交わるまちづくりができる場所だと思います。実際、取材をしていると「夏は仕事の合間に琵琶湖に泳ぎに行く」みたいな話が出てきますから。

仲:ほんとそうですね。私はもともとこの場所(近江舞子あたり)を知らなかったのですが、いろんな人とつながって知るうちに、交わりが期待できる場所だと感じています。

「生きる場」は教育・研究の場所でもある

—–– そもそもこの場所を選ばれたのはなぜだったんですか?

仲:選んだというより、出会ったっていう感じかな。私は7年ほど前から琵琶湖でウインドサーフィンをやっているんです。それで近江舞子のあたりに来てみたら、水がすごくキレイでびっくりした。自然豊かで雰囲気もいいし、ここは最高だなと思って、物件を探し始めたのが最初です。

萌根:まずは物件探しからでしたね。湖岸をずっと見て回って、これくらいの規模だったらできそうとか、そういう話をしながらイメージを広げていって。

仲:最初に目をつけたのは、もともと企業が持っていて今は使われていない保養所。でもそれだと規模が大きすぎて、資金面でも厳しかった。そんな時、白汀苑のオーナーの今井さんやシガーシガのメンバーと出会い、白汀苑の離れを使えるかもしれないっていう情報が入ってきました。離れは6畳くらいの畳の部屋と3畳くらいのキッチン・風呂・トイレが付いた別棟で、これくらい小規模なら学生と一緒にリノベーションもできると思ったんです。そこで今井さんに提案したところ快く承諾いただいて、2021年3月から解体工事やリノベーションを始めました。

△近江舞子の民宿・白汀苑
△以前は白汀苑の離れだった棟を「生きる場」としてリノベーション

—–– 設計や工事にも学生さんたちが参加されているんですか?

仲:いろんな人が交わって、みんなにとって居心地のいい場所にしたかったので、学生はもちろん、たくさんの人に関わってもらいました。学生たちはまだ素人ですが、完璧を目指すよりも教育を重視して彼らがやってみたいことにチャレンジしてもらったんです。失敗してもそこに学びがあるだろうと。

—–– あのおこもりスペースとか、すごくいいですよね!

萌根:あそこすごく仕事がはかどるんですよ。

△学生たちが設計したおこもりスペース

—–– それと、「生きる場」という名前をつけられた理由ってありますか?けっこうストレートな印象を受けたのですが。

仲:ちょっと重たいかなと思っているんですけどね。「働く」「遊ぶ」「暮らす」を全部入れようとすると「生きる」になっちゃった。

萌根:施設として定着したら、施設名を別につけるかもしれません。今は「生きる場を模索するためのプロジェクト」みたいな、プロジェクト名としてある感じですね。

—–– なるほど、それだったらストレートなネーミングのほうが響きますよね。6月からトライアルがスタートして、反応はいかがですか?

萌根:反響は想像していた以上にあります。少なくとも仲先生や私のまわりの人たち、起業している人やフリーランスの人たちは自分のもう一つの拠点を持つことに興味を持っていて、使ってみたいという意見をたくさん聞いています。予約や問い合わせもけっこう入っていますね。

仲:ここは6人くらいの規模なので、知らない人同士が集まっても自然と話が始まると思うんです。これくらいの距離だと喋らないわけにもいかない。そこから仲良くなって交流が生まれていくと理想ですね。この自然環境とスケール感は偶然出会ったものですが、結果的には良かったと思っています。

新しい働き方、新しい生き方をみんなで創ろう

—–– 今後の取り組みについては?

仲:これから考えていく予定です(笑)。まずは「生きる場」を使う人たちが何を始めるのか見たいと思っています。それからイベントをやりたいですね。面白い人を呼んで、ここを知ってもらうきっかけにしたい。その時に、できるだけいろんな人が混じるイベントにしたいですね。子どもからおじいちゃん・おばあちゃんまで集えるような。以前ここで家具づくりのワークショップを開いたときは親子連れで参加してくれていい感じでした。

△家具作りワークショップの講師はなんと漁師の駒井さん
駒井さんの記事はこちらで https://reedit-northotsu.com/life/302/
△親子で参加の皆さん、京都工芸繊維大学の学生が手伝いながら完成に近づく

家族を連れて仕事するって難しいじゃないですか。でもここだったらギリギリできるんじゃないかと。家族で訪れて、お父さんとお母さんが交互に子どもをみながら仕事する。時々一緒に遊ぶ。だから私の理想としては1週間くらい滞在してほしい。1日だと仕事だけして終わるか、下手すると遊んで終わっちゃう。でも1週間いるとなると、仕事と遊びと暮らしがいい感じで混ざると思うんですよ。

△参加者の皆さん作業が始まると真剣な表情で作り始める
△完成後に琵琶湖をバックに参加者の皆さんと一緒に集合写真
※撮影時にマスクを外していただきました。

—–– たしかにそうですよね。私もワーケーションを体験しましたが、遊びの要素のほうが強かったです。

仲:だから理想は1週間。そして仕事が楽しい人たちに来てほしい。クローズな部屋のなかでディスカッションしたりアイデアを考えたりするより、自然のなかで風を感じたり、鳥のさえずりや琵琶湖の水の音を聞いたりしながら仕事するほうが、アイデアも湧きやすいでしょう。フロー状態(精力的に集中している感覚)になりやすい環境だから、オフィスで1週間悩んでも出てこないアイデアがここならふっと湧いてくるんじゃないかと。そのアイデアによっては桁が変わるくらい生産性が上がるはずです。

萌根:あと今面白いなと思っているのは、テントサウナです。実は6月後半に「生きる場」を貸し切ってサウナをするという利用者さんがいるんです。自分たちでテントサウナを持ってきて、ビーチでサウナをするらしい。働く人は働くし、疲れたらちょっとサウナに入るっていう、この場所ならではの使い方ですよね。

△6月の近江舞子南浜でのテントサウナの様子 写真提供 東 信史さん

仲:サウナって水風呂がついているじゃないですか。ここでは琵琶湖が水風呂なんです。

—–– 贅沢!!

仲:もう贅沢極まりないですよね。

萌根:今後はテントサウナのイベントを開いたり、そういう使い方ができるっていうことをぜひPRしていきたいと思っています。

仲:ここのビーチは白汀苑さんや他の宿泊施設が管理されているので、それほど人が多くなくて落ち着いているのがいいんです。夏はもちろん瑚水浴のお客さんで賑わうので使えなくなりますが、それ以外のオフシーズンには白汀苑さんに協力していただいて、ビーチや野外の屋根付きエリアも「生きる場」の一部として使えるようにしてもらっています。

△琵琶湖がバーンと目の前に広がるビーチも働く場になる
△木陰で涼みながら浮かんだアイデアをスマホにメモ
△屋根付きエリアでは自由に意見を言い合うディスカッションを

仲:それと今後は、できれば企業の人たちにも利用してもらいたいと考えています。最近コロナ禍でコワーキングスペースが増え、企業が会員になっているケースがよくあります。その中の一つとして使ってもらえたら。今までのような保養所だったら単なる遊びの場所だけど、ここなら大きなイノベーションにつながる可能性もありますしね。

萌根:今「生きる場」を利用しているのはフリーランスなど自由度の高い働き方をしている人が多いと思いますが、ほんとは企業に勤めている人にこそ勧めたい。
仲:学術的にしっかり成果が出れば、企業が利用するハードルも下がると思っています。今まさに仮説から結果を出すために、学生たちが行動をセンサーでカウントする仕組みをつくり、分析調査し、利用者にアンケートも採って、その研究成果を論文にまとめているところです。

—–– どんな研究成果が出てくるのか楽しみですね。

仲:仮説としては、仕事に遊びや暮らしといった他のコトを混ぜることで、仕事のクオリティや満足度が上がり、イノベーションにつながるというものです。単なる作業をするのではなく、会社の命運を分けるような企画を考えるとか、自分の将来の仕事を考えるとか、じっくり考えられる場所として利用してもらい、仮説が実証されるといいなと思っています。

—–– トライアルがうまくいったら、また違う広がりがある可能性も?

萌根:そうですね。ここが最終ゴールではない気がしています。

仲:大きなものを一つドンとつくるのではなくて、生きる場のイメージ図にあるように広いエリアに仕事や遊びや暮らしの場をポツポツと広げていきたいと思っています。それを私たちがやるのか、新しい人たちが入ってきてくれるのかはまだわかりません。出会いをうまく活かしながらですね。

実は私自身、仮説を試すために白汀苑に1週間滞在してみました。すると地元の方から「脱穀するから手伝って」とか「薪割りやってみない?」とか言われて、予想もしなかったことがいろいろ起きる。それってオフィスにいたら絶対起きない出来事ですよね。しかもイヤな気分ではなく、むしろ楽しかった。

萌根:「生きる場」ってまさにそういうこと。これまで交わらなかった多様な人たちと多様な行為が交わる場になることを目指しているんです。ここに来たら面白いことが起きる、面白い人に出会えるというような、みんなが来たくなる場所にしていきたいですね。

「生きる場プロジェクト」

予約はこちらから↓
https://ikiruba-project.studio.site/