移り変わる景色を楽しみ、自然とともに生きる。

  • 森のログハウスで暮らす
  • 市村冨美夫さんご夫婦

明るい日差しの入る森に囲まれた、1軒のログハウス。窓の向こうに見えるのは、毎日その姿を変える美しい琵琶湖。

おだやかな景色を眺めながら、ウッドデッキでコーヒーを片手にゆったりしたひとときを過ごす──。

そんな暮らしを等身大で取り入れて、自分たちらしく楽しんでいる夫婦がいます。市村冨美夫(ふみお)さんご夫婦です。

お2人は、北比良に引っ越してきて15年。冨美夫さんは大学で教鞭を取りながらの活動でしたが退職後は造形と趣味が混然とした世界を、マミ子さんはステンドグラスやドライフラワーの創作を、ともに楽しんでいます。

自然のなかで、自然とともに暮らす。

京都から引っ越してきて、自然との距離ががらりと変わったお2人に、どんな変化があったのでしょうか。お2人が15年間過ごしてきたログハウスに、おじゃましてきました。

見に行ったその日に、ログハウスの購入を決めた

── 北比良に引っ越してきた経緯を教えてください。

冨美夫:滋賀に来る前は、京都市内に住んでいました。引っ越し当初は静かだったのですが、だんだんと人が増えて、にぎやかになっていったんです。引っ越しを本格的に考えていたわけではなかったんですけど、ある朝ポストに家のチラシが入っているのを、妻が見つけて。その日のうちに不動産屋さんに連絡して家を見に行き、その場で購入を決めました。

マミ子:ちょっと冒険的でしょう(笑)。だって、家を見に行くときに初めてこのエリアに来たんですから。でも来てみたら、とにかく景色が素晴らしくて。まず、比良のバイパスを降りて開ける景色に惹かれました。

冨美夫:あとは森の中に入っているわりに、空が広いですよね。僕は長野の山の中で生まれて、長野は山と山の間だから、空が狭かったんですよ。でも琵琶湖の近くだと、森の中にいても遠くまで見渡せるし、空も広い。特別な場所だと思いました。

マミ子:そうね、決め手は景色ですね。家の2階から琵琶湖が見えて、その先には湖東に連なっている山まで見える。こんな素晴らしい出合いとチャンスはめったにない、と思って。終の住処をここにしよう、と決めたんです。

△ 木の香りに包まれるログハウス。ステンドグラスは、奥さまさんの作品

── もともと自然の近くにいるのがお好きなのでしょうか。

冨美夫:そうですね、若い頃からずっとカヌーや釣りの趣味がありましたから、ログハウスへの憧れを持っていたんですよ。あとは昆虫の標本をつくったり、自然に囲まれたインスタレーションを制作したりしてね。

それでこの家を見に来たら、ログハウスでしょう(笑)。琵琶湖が近いし、隣の家が近かった京都ではできないことができる。来てみてすぐに、「ここに住みたい」と思いました。職場までの通勤時間を確認したくらいで、ほとんど迷わなかったですね。

マミ子:これほど気に入ったのだから、前の家のことも通勤もなんとかなるでしょう、と決めてしまいました(笑)。

△ 冨美夫さんのオリジナル釣り具

外で過ごしながら、自然の変化を味わう

── 引っ越してきて、生活において変化したことはありますか?

マミ子:なんだかもう、時間の使い方、見えている景色、自分の感覚、何もかも変わったような気がしますね。引っ越してきてから、毎日のように2階で琵琶湖の夜明けを見ています。昼間の雲も、 刻々と形を変えていくんです。朝昼晩、風景がどんどん変化していくから、何回見ても見飽きません。いいところに来たなぁ、ってよく思います。

△ 市村さんの家のウッドデッキからは、人工物がほとんど見えない

冨美夫:特に、外で過ごす時間が長くなったんじゃないかな。朝ごはんを外で食べると、季節を感じられて気持ちいいんですよ。真夏以外はよく外のウッドデッキでコーヒーを飲んだり、バーベキューをしたり。このデッキで、ミニヤギを飼っていたこともあるんですよ。子どもの頃に長野の実家で飼っていたので、ずっと飼ってみたくてね。

マミ子:あとはお庭も、最初は雑草しかなかったので、引っ越してきた当初はホームセンターで買ってきた苗木を植えていました。地面に光が入るように木を調整したら、ササユリっていうすごくきれいな野生のユリが生えてきたんです。

△ 冨美夫さんが撮影した、庭に咲くササユリ

冨美夫:このあたりには、比良山の植生が残っているんでしょうね。だから僕は「ガーデニング」をしているわけではなく、自然のなかに少しだけ自分の趣味に合う植物を増やしたり、日が当たりやすいように手入れしたり、自然にそっと手を添えるようなイメージですね。

そしたら雑木だと思っていたひょろひょろの木が、15年経つと大木になってね。夏になると雑草を抜くのが追いつかなくなりますけど、草がボーボーに生えている状態でも、それはそれでいいんですよ(笑)。まさに、自然と共生している感覚そのままなんだと思います。

── 雑草抜きのお話がありましたが、地方で暮らす手間は増えましたか?

冨美夫:こういう場所で暮らすと、忙しいですね。毎年家のどこかをメンテナンスするし、薪集めと薪割りも僕の仕事です。

マミ子:雪かきもしなきゃいけないですね。暮らしに手がかかるようになった点では大変だけれど、それも含めて楽しいです。

自然に包まれた、人間にとっての「拠り所」

── 自然と一緒に暮らすようになって、ものづくりには何か変化がありましたか?

マミ子:犬のお散歩をしていると、さまざまな美しい植物を見かけるんです。自然のままの造形が美しいなと思って、ドライフラワーを始めました。お散歩しながらどんどんつくりたいものが思い浮かぶので、楽しいですよ。

△マミ子さんがつくっているドライフラワーの作品

冨美夫:京都に住んでいたときは、大学の授業を終えて家に帰っても、大学で教える自分と作家としての自分の精神的な変化があまりなかったんです。でも今は、大学から家まで車で40キロ走って帰ってくるので、やっぱり気持ちが切り替わりますね。

京都にいた頃の僕は、人工的で、作為的な造形をつくることが多かったんですよ。でも北比良に来てからは、作為的にせずとも自然な空間構成に変わりました。それだけ、自然というものが持っている懐の深さや目に見えない空間感を、生活しながら感じているんだと思います。

── たしかにここにいると、前に琵琶湖があって、すぐ後ろには比良山があって、自然の懐に抱かれているような感覚になりそうですね。

冨美夫:この土地に残されている史跡を見ていると、ここは「つなぎ」の場所だったんじゃないかなと思うんです。自然と人、神と人をつなげる場所、つなげるための祈りを捧げる神聖な土地だったのかなって。

平地が多い湖東のほうが暮らしやすいのだろうけれど、それでも比良に人が住む理由は、人間の拠り所になるものをこの土地が持っているからじゃないかな、と思っています。それが、僕が今ここにいる理由なんでしょうね。

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  • 文 :
  • 菊池 百合子
  • 写真 : 山崎純敬
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