手の届く暮らしから、自分のアートを取り戻す。

  • アーティスト
  • 岡田豊さん

山と琵琶湖に挟まれた湖西エリアには、文化・芸術に関わる活動をしている人が多くいます。アトリエや別荘として使うだけでなく、住む場所を湖西に移す人も増えているようです。

日常から受け取るインスピレーションが活動に直結する彼らは、湖西のどんなところに惹かれて暮らしているのでしょうか。

そんな疑問を持っていたら、アーティスト活動に加えて、田んぼや畑、味噌や醤油づくり、空き家を 表現の舞台にするプロジェクトまで、暮らしのなかからアートの原点を見つめようとしている人に出 会いました。旧志賀町の木戸で暮らす、アーティストの岡田豊(おかだ ゆたか)さんです。

岡田さんは、毎週月曜日の朝に琵琶湖岸の清掃をする「Monday Beach Cleanup」の呼びかけ人でもあります。岡田さんが暮らしを重視している理由、その先に目指す未来について、岡田さんのアトリエで聞きました。

「暮らし」を軸に、自分と向き合う時間を取り戻す

── どんな経緯で木戸に引っ越してきたのでしょうか。

もともと、絵の勉強のために静岡県の伊豆に住んでいて、その後2014年に妻と引っ越してきました。僕も妻も京都府出身なので、2011年の東日本大震災と妻の妊娠を機に、関西に帰ってこようと思ったんです。

最初は京都の山手のほうで家を探していたのですが、伊豆の海を見慣れてしまうと、開けた海が恋しくて。それがある日、たまたま湖西バイパスを走っていたら、車から見える琵琶湖の景色が「伊豆と一緒やん!」とテンションが上がったんです(笑)。

しかも比良でバイパスを降りたら、以前住んでいた伊豆高原にあるような雰囲気のいいお店が並んでいて。居心地の良さを感じて、ここしかないなと思いました。

あとはもうひとつ、帰り道に車を降りて探検していたら、琵琶湖岸にある松の浦のきれいな浜に、たまたまたどりついたんです。その景色がまた最高で、このあたりに引っ越そうと思う決め手になりました。

△ 岡田さんが借りている田んぼから。左奥に写っているのが松の浦

── お仕事の軸ではなく、好きな環境で暮らすために移住したんですね。

そうですね。暮らしを軸にしているのには、理由があって。10代のころから、地球環境のことをけっこう気にしながら育ち、将来的に理想とする暮らし方みたいなイメージを持っていました。それを実現していくために、アーティストという職業を本気で志したところもあるんです。自分軸で、暮らしや時間を選んでいきたいと思って。

ただ、アーティストとして活動を重ねるにつれて、僕にとっての「アート」が、いつの間にか他者の評価軸に依っている、と感じるようになっていきました。アートの世界も競争原理が強くて、流行り廃りや、マーケットからの評価を強く意識する世界があります。それはそれでおもしろいんですが、自分の身近で純粋な動機から乖離していく感覚もあって、「あれ、何のためにアートをやりたいんだっけ?」と一度立ち止まりたくなりました。

僕にとってのアートとは、自分の純粋な部分と向き合う行為でもあります。だからもう一度、自分の軸で表現と向き合うためにも、暮らしを見つめ直そうと思いました。日々の営みに近いところで、アートをやろうと思ったんです。

△ 岡田さんのアトリエ。窓の向こうには琵琶湖が見える

自分に近いところから、暮らしを良くしていく

── 木戸に引っ越してから5年以上が経ち、何か変化はありましたか?

住んでいる環境を楽しみながら良くしたいので、自分の住むエリアの自治会では、役職の担当も含めてできるだけ積極的に関わるようになりました。自治会エリアの草刈りも、以前は外部の業者さんにお願いしていましたが、「それくらいは自分たちでやろう」と提案して管理クラブを結成したんです。そしたら、新たに住民どうしの交流が生まれたり。

そうやって、自分たちで暮らしをつくっていくことが好きなんですよね。大きい政治なんかを急に変えることは難しいけれど、「自分の身の回りがこうあってほしいな」と思う理想に対して、自分ができることくらいはやっていきたい。

じゃないと、自分のなかに何か不満が残るから、楽しくないじゃないですか。逆に、思いついたことをやれば、何かしら前進していく。だから僕にとって、自分の身の回りを良くしていくのは、すごく自然なことなんです。

△ 岡田さんの作品には、ふくろうのモチーフが多く登場する

── 岡田さんが主催されて、ビーチクリーンの活動もされていると聞きました。

そうですね。僕が木戸に引っ越してくる決め手になった松の浦の浜が、きれいであってほしいなと思って、引っ越してきた当初からひとりでゴミ拾いをしていました。

でもせっかくなら、みんなで集まれたら楽しいだろうなと思って、「Monday Beach Cleanup」を始めたんです。4~10月まで毎週月曜日の朝に集まれる人で集まって、浜をきれいにした後に、軽くコーヒーを飲んだり朝ごはんを食べたりしています。週初めをゴミ拾いから始められると、気持ちいいんですよね。

>>>Monday Beach Cleanupの活動
Monday Beach Cleanupは、もう呼びかけるようになってから4〜5年経つんじゃないかな。始めた当初はあまり発信せずに、数人でマイペースに続けていました。

今はだんだん来てくれるご近所さんも増えてきたから、予定のお知らせも兼ねて、少しずつ発信しています。月曜日じゃなくても拾ってくれる人がいたり、この活動をきっかけに新しい出会いが増えてきたりして、すごく楽しいですね。

── このような活動をする原動力は、どこにあるのでしょうか。

純粋に、この美しい景色をみんなできれいに維持していきたいからです。残念ながら、ゴミを捨てちゃう人は一定数いて、その数はゼロにならないと思っています。そのことに不満を言うくらいなら、拾う人が増えればいいんじゃないかなって。そのほうが、断然ポジティブですしね。

△ 友人に教えてもらいながら、田んぼと畑も始めた

あとは、子どもが生まれたことも大きいかもしれないです。地球環境が猛スピードで変わってきているなかで、彼女たちに美しい琵琶湖を残したい。そのために、できることはやっていきたいと思います。

ひとりでやると大変だけれど、みんなで集まってわいわいやると本当に楽しい。それに、ビーチクリーンで出会えるのは気持ちのいい人たちばかりなので。楽しくないと、続かないですから。誰でも気軽に参加してほしいなと思っています。

「暮らしがアートであること」を体現するための実験

── これから湖西エリアでやってみたいことはありますか?

新型コロナが流行してから、「自分のクリエイティビティを、社会のために使いたい」とさらに強く思うようになりました。今まで続けてきた絵を描くことも止めませんが、キャンバスのなかでメッセージを届けようとする方法だけでは、限界を感じていて。今はキャンバスの枠を外れた、大きな意味でのアートに関心が向いています。

最近だと、このエリアにも多く存在する空き家をアートに変換できないかと思って、プロジェクトを始めています。近所で放置されていた家を使わせてもらって、役目を終えて朽ちた無価値な建物を、価値ある表現に変えられないか実験中です。

△ 岡田さんがプロジェクトの舞台に選んだ空き家

── 岡田さんの考える「アート」とは、どのようなものなのでしょうか。

それはたぶん、人生の命題ですね。現時点での僕にとってのアートの解釈は、今ちょうど拡がっている途中です。日々の豊かさや喜び、感動、悩みや不安も含めて、自分の純粋なところと向き合って表現することが、アートの原点だと思います。

やっぱりシンプルに、生きて表現して伝えること、なんですよね。だから「暮らし自体が表現であること」を体現していきたいし、それが他の人とのコミュニケーションを生んで、より良い未来につながるようなイメージを持っていたいです。

── 岡田さんは木戸で、暮らしに密接したアートの原点を取り戻す実験をしているのかもしれませんね。

そうですね。ここは持続可能な暮らしや表現の実験をしていける、豊かな環境が整っていると思います。農業やDIYなどをしている先輩もたくさんいますし。この環境から社会に対して何をできるかを 考えて、等身大のアート活動を発信していきたいです。

その実験の一環として、最近音声メディアを始めました。僕の暮らしに密接しているこの湖西の地域コミュニティや、素敵な人を紹介する「百姓ART LAB radio」をPodcastで友人と立ち上げたんです。キャンバスからはみ出した表現のひとつの形として、いろいろな方と楽しく関わりながら、育てていければと思っています。

△ お子さんと一緒につくっているコラージュ

Monday Beach Cleanup

場所: 滋賀県大津市木戸 松の浦 大谷川河口付近

公式サイト: https://www.facebook.com/mondaybeachcleanup/

百姓 ART LAB radio

Anchor : https://anchor.fm/hyakushoartlab

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  • 文 :
  • 菊池 百合子
  • 写真:山崎 純敬
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