視界いっぱいに広がる琵琶湖と、真っ白な砂浜。
湖西エリアのなかでも近江舞子は、泳いだりキャンプを楽しんだりするのに絶好の浜として知られています。
その近江舞子の浜をずっと見守ってきたのが、民宿「白汀苑(はくていえん)」を経営する今井さんです。
今井さんは、近江舞子の美しい景色をどうやって受け継いでいくかを考えながら、ご両親が始めた白汀苑を守ってきました。10年前からは薪ストーブを持っている仲間たちと「薪割りクラブ」を結成し、琵琶湖だけでなく山にも関わりを持っています。
最近では、移住者が地域で始めた活動も積極的に応援している今井さん。生まれ育った地元に対してどのような思いを持っているのか、白汀苑でお話を聞いてきました。
お客さんと関わるなかで、地元の魅力に気づいていった
── 今井さんは、滋賀のご出身だと聞きました。
そうです。親の代から近江舞子で「白汀苑(はくていえん)」を始めたので、僕は生まれも育ちも近江舞子です。でもねえ、若いときはここの魅力なんてひとつも分かっていなかったですよ(笑)。接客もできる気がしなかった。僕が24、25歳のときに母が体調を崩したから、僕も民宿を手伝うようになって、なりゆきでそのまま宿を継いでいます。
── 民宿のお仕事を続けるなかで、接客への思いも変化していったのでしょうか。
人と関わりながら、だんだんと「接客もいいな」と思えるようになりました。でも、ここを出ていこうと思ったときも何度かありますよ。途中で投げ出すのも癪に障るから、結局ずっと残っていますけどね。
△ 白汀苑の前にあるスペースでは、人が集まってイベントが開催されることもある
── 若いころは魅力を感じていなかった地元への思いは、変化していきましたか?
別の場所で宿をやっている友人に、白汀苑をすごく褒められたことがあるんですよ。「琵琶湖が目の前に広がるこのロケーションは、みんなが求めているよ。ここで民宿をできるのは、素晴らしいこと。だから、次の代につなげられるような仕事にしていかないと」ってね。そのときは、まだ彼の言葉を理解しきれなくて。だんだんと自分のなかに落とし込んでいった気がしますね。
だってお客さんがうちに来てくれるときにね、目の前にぶわっと琵琶湖が広がった瞬間に「うわっ」と驚くのよ。受付の建物に入るより前に、みんな琵琶湖に近づいていくんです。そういう姿を見ていると、なにかひねったことで特別感を演出するよりも、ここだけの景色を存分に楽しんでもらえば、それでいいんじゃないかと思うようになりました。
ここの良さを、地道に伝える接客をできるといいのかなって。歳を重ねることで、だんだん分かっていきましたね。
ここに魅力を感じる者どうしが、手を取り合って
△ 白汀苑の前に広がる琵琶湖
── 白汀苑のあるエリアは、白い砂浜と緑の松、琵琶湖のコントラストが本当に美しいですよね。
そうですね。この環境を次の世代に残していきたいなと思います。自然に対して必要最低限の手を加えることで、きれいなままの景色を守っていきたい。そのためには、お客さんの楽しみ方を時にコントロールする必要があるわけです。浜の管理は、このエリアにおいてずっと課題ですね。
白汀苑の前の砂浜は、うちに宿泊していなくても入れるようにしています。琵琶湖は誰のものでもないですから、この景色をいいなと思ってくれる人と一緒に楽しめたら僕も嬉しいんです。でも自由に出入りできることで、ゴミが放置されていることも残念ながらありますよ。きれいな景色を見たくてここに来たんだろうから、その理由を自ら壊すようなことはしないでもらいたいんですけどね。
── 今井さんは実際に、どんなことでコントロールされているのでしょうか?
バーベキューでわいわい楽しむ場所と、静かに景色を楽しむ場所とを棲み分けするために、エリアを区分けする看板を立てました。違うエリアの楽しみ方をしていたら、移動するようにお願いする声かけをさせてもらっています。
「入っちゃダメよ」じゃなくて、どうやってみんなでこの環境を楽しんでいくかを一緒に考えたい。だから僕なりに声をかけることをね、もうずーっと続けてきました。
── 思いが伝わっている手応えはありますか?
「今井さんのところでバーベキューさせてよ」って連絡をくれるお客さんが帰った後は、ゴミひとつ落ちていないどころか、来る前よりきれいになっていることのほうが多いです。遊ぶついでに、ここをきれいにするためにゴミを拾ってくれているんでしょうね。
そういうお客さんであれば、僕も様子を見に行かなくても仕事に専念していられます。お互いにちょっとした優しさと心遣いがあれば、お客さんでも地域の人でも、この景色を愛する人どうしで手を取り合っていけると思うんです。
関係性を積み重ねて、この土地を一緒に守っていく
── この土地を守るために「関係性」を、すごく大切にされているんですね。
自分が気に入った、この自然のなかで生きていく。けれども「地域の自治会活動はわずらわしいから嫌」「お隣とのお付き合いもしたくない」、そういう生き方も否定しません。「田舎暮らし」に憧れてここに来る人にとっては、そういう関係づくりがいちばん面倒に感じるかもしれない。
でもね、地域って、助け合いながら成り立っているんですよ。だから面倒なことを排除するなら、自分がほしいものを得られなくたって仕方がない。それを自覚する必要はあると思います。
── 地域で生きていくには、関係づくりがいちばん重要だということでしょうか。
地域で一緒に生きるコミュニティをつくりあげていくことは、「人との関わり」を積み上げていくことなんです。人と関わらずに生きることを「自由だ」と考える人もいるかもしれないけれど、自分に都合の良いときだけ良い顔をしているようじゃだめですよ。普段からの積み重ねがあるから、不便さも面倒も引き受けて、お互いに寛容さを持ちながら一緒に生きていけるんです。
△ 今井さんが始めた薪割りクラブのメンバー。中央が今井さん
たとえば僕らは、自宅で薪ストーブを使っている仲間と一緒に「薪割りクラブ」という活動をさせてもらっています。10年ほど前から、毎週山で木を切って、冬に向けて干しているんです。
こういう活動も、木を切らせてくれる山の持ち主さんたちがいなければ成り立ちません。だから木が倒れて地主さんが困っていたら、木を切らせてもらって道を通れるようにしたり、山にお邪魔させてもらうなら地主さんとこまめに連絡をとりあって、木を切った後もきれいに片付けて帰ったり。それが当たり前だと思っています。
そういう関係の積み重ねで、「あの山も切ってくれていいよ」と声をかけてもらえる信頼につながりますからね。ひとつひとつは、本当に小さな積み重ねです。面倒であろうがなんであろうが、最後は「ここで生きていきたい」と思えるかどうか。その意志が、地域をつくっていくんだと思います。
── 今井さんは地域団体「シガーシガ」のような移住者の新しい動きも応援されていますが、どんな思いで後押しされているのでしょうか。
それはやっぱり、「この地域の魅力を知ってもらいたい」という思いを共通して持てているからです。この環境を開発するのではなく、どう守っていけるか。それを一緒に考えられる人たちの活動なら、応援したいなと思います。
「シガーシガ」が主催した「YOHAKUプロジェクトワーケーションプログラム」は、今井さんの協力により、白汀苑で開催された
── ずっと琵琶湖を見つめてきた今井さんが、琵琶湖で特に好きな瞬間はありますか?
冬の夜明け前の琵琶湖がいちばん好きです。朝の6時くらいにだんだんと明るくなっていくときのグラデーションが、本当にきれいでね。これはもう、何度見ても感激します。
でも僕がこの環境を素晴らしいと思っていられるのは、地域の外から来てくれるお客さんや友人が、刺激をくれるからなんです。外から来てくれた人と一緒に僕もこの場所の良さを感じて、次のお客さんに伝えていければいいですね。そうやってこの場所をいいなと思ってくれる人を増やすことが、地域を守っていくことにつながるんだと思っています。
白汀苑
住所: 滋賀県大津市南小松1095-20
電話番号: 077-596-0056
公式SNS: https://www.hakuteien.com/